書評(社団法人日本住宅協会発行「住宅」1998年6月号掲載)
橘 弘志(千葉大学工学部助手)
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バリアフリーという言葉は、今やかなり市民権を得てきたように思われる。自治体のまちづくり施策などはもとより、マンションなどの付加価値を高める宣伝文句としてさえ使用されるようになってきた。障害を持つ人に対しても持たない人同様にさまざまな場所へのアクセスを保障する、そのために建物や外部空間などの物理的障害(バリアー)を取り除くことを意味する。
本書は、住み手が高齢化しても住み続けることのできる住まいづくりのための言わばバリアフリーマニュアルである。著者は高齢者向けモデルルームやモデル住宅の設計・運営・相談等に携わっており、そこでの経験を生かして、道具のレベルから間取りに至るまでポイントを整理しながら、図や写真をふんだんに取り入れて分かりやすく解説している。読者層としては、設計・施工の専門家というよりは施主としての一般の住み手が想定されており、ハード面の工夫を紹介するだけでなく、そのような工夫をするに至った考え方を重視して丁寧に記述し、さらに住まいづくりQ&Aという章で住宅改造等への不安に対する説明を補足している。 本書の特徴は、「人生設計と住まいづくりのマニュアル」という本の副題がよく表しているだろう。単なる住宅改造というハード面に対するマニュアルではなく、人生設計すなわち日々の生活に対する考え方に踏み込んだマニュアルであることが謳われている。 マニュアルという体裁をとっているために表だった主張の記述は少ないのだが、著者がもっとも強調していることは、「75歳をすぎてから10〜20年先の生活を考えて、暮らしを決断し、実行するのは、一般的に無理」であり、「元気なうちに将来を見越し、新築やリフォームをしてほしい」ということである。一般的に、人は高齢になるほど環境への適応力が低下し、環境変化への対応が難しくなると言われている。また、その変化のプロセスに対して主体的・能動的に関わるほど肯定的な結果につながるとされている。そこから考えても、50歳代のうちに高齢化を見据えた住まいづくりを住み手自らが考え、判断し、実行に移すことを推奨している本書の主張には説得力がある。 これと関連したもう一つの主張は、誰にでも使いやすく住みやすい「バリアフリー住宅」や「ユニバーサルデザイン」を考えるのではなく、各自の心身状況やライフスタイルを十分考慮して、住み手自らが判断することの重要性である。たしかに本書の中ではバリアフリーという言葉は注意深く避けられており、あくまで生活する上での自立・安全・安心という個人の身の回りからの発想を基礎にしている。(寸法などの数値目標をなるべく取り上げていないのもその現れであろう。また、バリアフリーという言葉がその本来的な主張とは裏腹に、段差解消・手摺据付といった物的仕様のみに矮小化されて用いられることの多い現状とも関連するかもしれない。)高齢化に伴い個人の心身状況や生活スタイルは多様化するのであり、それをすべて満たすような一般解を見出すことは現実的に難しい。それよりも一人一人の個別な日常生活に目を向け、住み手とともに住み手自身の中に解答を求めていこうという著者の姿勢が示されていると言えよう。 本書は一般向けマニュアルということもあってか、著者の日々接している具体的な住み手の声があまり伝わってこなかったのはやや残念であるが、専門家にとっても施主とともに今後の生活設計を話し合って柔軟な住まいづくりを考えるきっかけとして、住宅のバリアフリー入門書であるとともに啓蒙書として有用と思われる。 |
本稿転載をご快諾くださった橘弘志氏にお礼申し上げます。