浦野興治『諫早少年記』
かつて子供たちは表で日の暮れるまで遊びほうけていた。
そこには喧嘩も事故もあったが、友情も祝宴もあった。
干潟干拓で注目された九州・諫早に育った作者が、
昭和30年頃の少年たちの野遊びの世界を甦らせる。
ここには高度成長期以前の生活世界のディテールが、
子供の眼をとおして、驚くほど鮮明かつヴィヴィッドに
描き出されている。高度成長の渦中でなし崩しに忘れ
去られていった貴重な事どもを頑固に手放さず生きて
きた作者の、ストイックな持久力の勝利を証しするもの
だろう。文句なしに、私がこれまで読み得た数ある
少年小説中の随一である。
文芸評論家 堀切直人
愛読者カード・おたよりから
●先日、書店で求めた『諌早少年記』を楽しく、そしてなつかしく思いながら読みました。
方言、それも全国区ではない方言による小説は、初めて読みました。
祐次の中学・高校時代のものが待ち遠しいのですが。 ●『諌早少年記』、数十年ぶりに故郷の香りに包まれたなつかしさでいっぱいです。
作者の文章の瑞々しさ、特に方言の生々しさが同じ言葉を耳にしたことのある者に、
あの時代、あの土地にタイムスリップさせてくれたようです。
同級生に納所(野呂)邦暢さん、「花曜日」で活躍した中嶋隆美さんがいました ●私は諌早出身。主人も同郷で、すごく嬉しくなって購入しました。
年代は少し違いますが、言葉は全部わかりますし、浮立のカネの音など、
今でも思い返すことができます。とてもなつかしく昔のことを思い出せました。 ●少年ものとか児童文学とか、世の中にあふれていますが、文章を平易にし、
子供の言葉を使用しているだけで、大人の読者まで惹きつける作品はめったにない
ようです。浦野氏のものは登場する子供たちに当然ながら皆個性があって多彩、
筋立てや事件も面白く、しかも自然です。主人公だけ浮き上がる書き方でなく、
子供たちは皆主役級。特に善人でもなく悪人でもない、いきいきととらえて
描き出されております。最終章の「もちつき」は、祐次より体格がすぐれていて、
学校の出来もはるかによい里美に祐次はいじめられても、結局いやなしこりを
残さない子供同士の世界になっているところも素晴らしいと思いました。また、
子供から見た大人の世界が見事に、これもごく自然に描いてあるのに驚きます。
同章で、祐次は父の隠し芸、ドジョウスクイを嫌悪しています。
ドジョウスクイの面白さは、百姓が百姓をおとしめている芸の面白さです。
地味なものを、手を抜かずにこつこつと十二篇積み上げてきた業績は大変なもの。 ●祐次の世界には、あいのこやちんば、うすらばか、大人と子供が住んでいて、
晴れの日もあれば雨の日もある。実に彩りに満ちていて、覗き込むとああそうだったと
忘れていた感情を自分の前に取り出してみることができます。浦野氏の意図するところ
とは異なるかも知れませんが、祐次の成長を追って章を並べ変えたら、彼の成長譚として
読むことができます。実は、学年順に読み直してみたんです。季節は入り乱れして
いますが、時間的な奥行きを感じました。どの章も心に残りましたが、ひとつあげると
するなら、「浮立」でしょうか。言葉だったら、「朋輩」。小さいころ、
なかなか朋輩のできなかった私には、「ほうべ」という響きがなんとも言えないのです。
(名古屋/A・E)
(福島県/N・A)
(熊本県/Y・O)
(東京都/A・K)
(千葉県/T・I)
週刊読書人(1999年12月17日)より
浦野興治『諫早少年記』(風媒社)。著者は「早稲田文学」に時折、
作品のある小説家だが、十年がかりのこの連載短編集一冊で後世
(というものが仮にあるとしての話だが)に記憶されるのではなか
ろうか。ここに描かれた昭和三十年前後の子供たちの野遊びの世界
には、今日失われた、なんという豊かさが溢れていることか!著者
は高度成長以後の空しい繁栄に抗って、それ以前の堅固な形のある
生活世界を丸ごと甦らせることに成功した。主人公の少年がサーカス
団員からもらった洋菓子を夕闇のなかに泣きながら投げ捨てる場面
には、涙が流れ出て止まらなかった。
(堀切直人)
目次・初出一覧
| 目次 | 初出 | 作中の暦 |
|---|---|---|
| 喧嘩独楽 | 『テクネ』1994年7号 | (一月) |
| 不知火 | 『テクネ』1998年11号 | (二月) |
| 野苺 | 『青銅時代』1989年31号 | (三月) |
| 朋輩 | 『テクネ』1995年8号 | (四月) |
| 千羽鶴 | 『テクネ』1993年6号 | (五月) |
| 弓矢 | 『テクネ』1990年2号 | (六月) |
| 七月二十五日 | 『テクネ』1991年4号 | (七月) |
| 廿日えべっさん | 『テクネ』1997年10号 | (八月) |
| 丹波栗 | 『テクネ』1991年3号 | (九月) |
| 浮立 | 『テクネ』1996年9号 | (十月) |
| 神待夜 | 『テクネ』1992年5号 | (十一月) |
| もちつき | 『テクネ』1999年12号 | (十二月) |
| ※すべて加筆訂正しています | ||